生誕120年 川端龍子展

2006年4月11日2006年5月21日
川端龍子は、1885(明治13)年、和歌山市に生を受けた。家族とともに上京した龍子は、日露戦争の開戦の年となった1904(明治37)年、白馬会洋画研究所に入り、ついで太平洋画研究所において本格的に洋画を学ぶとともに、『ハガキ文学』『東京パック』といった雑誌の挿絵を描き、明治年間を通じて挿絵画家として活躍した。
1913(大正2)年、洋画を学ぶため龍子はアメリカへ渡るが、この渡米が契機となり、翌年の帰国後日本画に転向。この年、1914(大正3)年には、日本美術院が再興され、龍子はこの再興院展を舞台に日本画家としての地歩を固めていくことになる。再興日本美術院同人となった後も、「繊細巧緻」が主流であった院展の作風に飽きたりず、展覧会という「会場」において、観衆である大衆に訴える力を持つ作品を指向し、大作主義による「会場芸術主義」を掲げ、その実践の場を得るため美術院を脱退し、1929(昭和4)年、自ら日本画団体・青龍社を創設した。  本展では、生誕から120年という節目にあたって、80歳で世を去るまで、生涯にわたり精力的に活動を続けた龍子の画業を、その代表作を通して振り返り、近代日本絵画史上特異な活動を行い、「異端」とも評された龍子の足跡を検証した。
主  催 滋賀県立近代美術館、毎日新聞社
後  援 滋賀県教育委員会、NHK大津放送局
会  場 企画展示室1・2
関連行事 ○日曜美術鑑賞会
日時:平成18年4月23日(日)   於:講堂
講師:國賀由美子(本館主任学芸員)
○体験講座 「紺紙に金泥で描く」
日時:平成18年4月16日(日) 於:教養室
講師:垣見真由美(日本画家 京都日本画研究会所属)
解説:國賀由美子
図  録

250×280mm、208ページ
編集:東京都江戸東京博物館・茨城県天心記念五浦美術館・滋賀県立近代美術館・毎日新聞社

発行:毎日新聞社内容:○「祖父、川端龍子の思い出」 川端捷良、川端美波
○「健剛なる美の巨人-わが師、川端龍子先生」 牧進(日本画家)
○論文:「再評価すべきは川端龍子-大正・昭和の日本画バロックの源流、その生涯」 岡部昌幸(帝京大学文学部助教授)、
「洋画から日本画へ」 稲葉睦子(茨城県天心記念五浦美術館副主任学芸員)、
「川端龍子の画業-仏教崇拝と、その荘厳としての琳派讃歌-」 國賀由美子、
「龍子、南へ行く-近江丸IIと南洋の旅-」 岩城紀子(東京都江戸東京博物館学芸員)
○作品解説:稲葉睦子、岩城紀子、國賀由美子、高梨純次(本館学芸課長)、
西村直子(東京都江戸東京博物館学芸員)、浜田重幸(毎日新聞社事業本部)
○龍子のスケッチ   ○川端龍子年譜 岡部昌幸、番場紀代美
○文献目録 岡部昌幸、番場紀代美 ○出品目録

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京都新聞 5月13日(朝刊)  「剛健、躍動感の会場芸術」 岩本敏朗
日経新聞 5月18日(夕刊)  「画壇の異端児 川端龍子展 壁一面を覆う日本画大作」