2014年2月8日 | ~ | 2014年3月30日 |
常設展示室2では、戦後日本とアメリカを中心とした美術作品を、約2か月ごとに展示替えを行いながら紹介しています。今回は『版画の愉悦』と題し、日本の現代作家たちによる、銅版画・木版画・リトグラフ(石版画)・シルクスクリーンといった様々な技法による現代版画芸術の精華を紹介いたします。
現代美術の分野では、1960年代からアーティストたちの版画制作が世界的に活発になり、版画ブームが巻き起こりました。欧米の現代美術界では、ふだんは大規模な平面・立体作品を制作しているアーティストたちが、ジェミナイG.E.L.やULAE(ユニバーサル・リミテッド・アート・エディションズ)、タイラー・グラフィックスといった大規模な版画工房との共同作業で版画制作を行なうのが基本ですが、日本においては大正時代の創作版画運動の伝統を受け継ぎ、外部の工房に依存しない個人制作の版画が中心となっています。また版画以外のジャンルを制作しない“版画専業の作家”が多いのも特徴で、欧米とは異なった独自の世界を築き上げています。
銅の板を酸などで腐食させてイメージを刻むのが《銅版画》です。加納光於(かのう・みつお)は戦後日本を代表する画家・版画家で、夢うつつの幻想や微生物の形態などに触発された抽象的で鮮烈なイメージを、インタリオ(ここでは銅版技法のこと)を基本にして、デカルコマニー(転写画)を応用するなど様々な技法を駆使して作品化しています。本展示では初期から近作まで19点の作品で、加納光於の版画芸術の歩みをご紹介します。一方小説や映画などにも才能を発揮している池田満寿夫(いけだ・ますお)は、銅版とリトグラフを併用して女性をモチーフとした官能的な幻想世界を展開しました。キリスト教的なテーマを扱った「七つの大罪」は最も油が乗った時期の作品で、ヨーロッパの古典絵画の影響を匂わせつつ独自の幻想世界を構築しています。また植物をモチーフにした白と黒の世界を追求する中林忠良(なかばやし・ただよし)や、様々な銅版技法を駆使して大画面の作品を作る安藤真司(あんどう・しんじ)、木下恵介(きのした・けいすけ)、芳野太一(よしの・たいち)、若月公平(わかつき・こうへい)ら中堅作家の作品もご紹介いたします。
日本の《木版画》は江戸時代の浮世絵にルーツを持ち、板目(いため・木材の縦断面)を生かした平面の表現に特徴があります。現代の浮世絵師と呼ばれる黒崎彰(くろさき・あきら)は、浮世絵の伝統をモダンな表現と融合させて温かみのある作品を作っています。本展示では近作の「近江八景」8点を公開しています。併せて、シンプルかつユーモアに溢れた一圓達夫(いちえん・たつお)の作品などもご覧いただけます。
《リトグラフ(石版画)》は石灰岩など多孔質の版面にイメージを描き、水と油の反発を利用して紙に刷り取る技法で、版材の抵抗が小さく自由なイメージを描けるのが特徴です。韓国出身の現代作家・李禹煥(リー・ウーファン)の近作リトグラフ連作「黙」は、シンプルで力強い筆のストローク(一振り)が生かされた、禅画を思わせる鮮烈な作品で、筆跡をそのまま写し取るリトグラフの持ち味が生かされた作品です。小林清子(こばやし・きよこ)や清水美三子(しみず・みさこ)など中堅作家の作品もお楽しみください。
絵柄(もしくはそれ以外)の部分に目止めを施した絹などの布の目から、インクを滲出させて刷り取る《シルクスクリーン》は、ポップ・アートの作品に多用されたように強烈な色面の併置表現に向き、また写真製版にも適した技法です。視覚神経をチカチカと刺激する軽快な印象の幾何学的抽象画で知られるオノサト・トシノブの作品には前者の、写真と絵画を巧みに融合させた木村秀樹(きむら・ひでき)、田中孝(たなか・たかし)、小枝繁昭(こえだ・しげあき)らの作品には後者の特質がよく生かされています。
●出品作品リスト
作者名 | タイトル | 制作年 | 素材・技法 |
---|---|---|---|
小枝 繁昭 | Dine’s Red and Fiowers#7 | 1989年 | シルクスクリーン、アクリル・紙 |
田中 孝 | Painting Still Life Morandi-2 | 1990年 | シルクスクリーン・アクリル・キャンヴァス |
加納 光於 | 星とキルロイが濡れる | 1957-58年 | エッチング・紙 |
加納 光於 | イプノス | 1960年 | インタリオ・紙 |
加納 光於 | 愛 | 1961年 | インタリオ・紙 |
加納 光於 | 作品 | 1963年 | インタリオ・紙 |
加納 光於 | 光へ | 1963年 | インタリオ・紙 |
加納 光於 | 葡萄の葉 | 1967年 | レリーフプリント・紙 |
加納 光於 | 五線譜 | 1967年 | レリーフプリント・紙 |
加納 光於 | How to Flyの偏角に沿って No.XY | 1974年 | 併用技法・紙 |
加納 光於 | 「波動説」-インタリオをめぐって1984-1985 No.1 | 1984-1985年 | カラーインタリオ・アルシュ紙 |
加納 光於 | 「波動説」-インタリオをめぐって1984-1985 No.12 | 1984-1985年 | カラーインタリオ・アルシュ紙 |
加納 光於 | 「波動説」-インタリオをめぐって1984-1985 No.24 | 1984-1985年 | カラーインタリオ・アルシュ紙 |
加納 光於 | 「波動説」-インタリオをめぐって1984-1985 No.28 | 1984-1985年 | カラーインタリオ・アルシュ紙 |
加納 光於 | 風-寄り添うものの VA-I’ | 1991-92年 | インタリオ・紙 |
加納 光於 | 風-寄り添うものの VA-II’ | 1991-92年 | インタリオ・紙 |
加納 光於 | (Illumination1986)L-No.16 | 1986年 | カラーリトグラフ・紙 |
加納 光於 | (Illumination1986)L-No.17 | 1986年 | カラーリトグラフ・紙 |
加納 光於 | (Phyllosoma)g-II | 2003年 | カラーインタリオ・紙 |
加納 光於 | (Phyllosoma)g-IV | 2003年 | カラーインタリオ・紙 |
加納 光於 | (Phyllosoma)g-V | 2003年 | カラーインタリオ・紙 |
池田 満寿夫 | 「七つの大罪」より タイトル・ページ | 1973年 | エッチング・リトグラフ・紙 |
池田 満寿夫 | 「七つの大罪」より 嫉妬の罪 | 1973年 | エッチング・リトグラフ・紙 |
池田 満寿夫 | 「七つの大罪」より 憤怒の罪 | 1973年 | エッチング・リトグラフ・紙 |
池田 満寿夫 | 「七つの大罪」より 貧食の罪 | 1973年 | エッチング・リトグラフ・紙 |
池田 満寿夫 | 「七つの大罪」より 傲慣の罪 | 1973年 | エッチング・リトグラフ・紙 |
池田 満寿夫 | 「七つの大罪」より 怠惰の罪 | 1973年 | エッチング・リトグラフ・紙 |
池田 満寿夫 | 「七つの大罪」より 邪淫の罪 | 1973年 | エッチング・リトグラフ・紙 |
池田 満寿夫 | 「七つの大罪」より 貧欲の罪 | 1973年 | エッチング・リトグラフ・紙 |
一圓 達夫 | Work 10 | 1978年 | 木版・紙 |
中林 忠良 | 転移’92-地-V | 1992年 | エッチング、アクアチント |
黒崎 彰 | クロノスのかま | 1999年 | 木版・韓国楮紙 |
黒崎 彰 | 青い空と羊:〈遊牧の民シリーズ〉より 3 | 2002年 | 木版・韓国楮紙 |
井田 照一 | Between vertical and Horizon SanPablo-No.7 | 1984年 | ソフトグランドエッチング |
井田 照一 | 石と紙と石 | 1976年 | 木版、リトグラフ・紙(両面刷) |
赤塚 祐二 | 「2」-No.4 | 2001年 | カラーアクアチント・紙 |
赤塚 祐二 | 「2」-No.5 | 2001年 | カラーアクアチント・紙 |
船越 桂 | Quiet Summer1 | 1990年 | ソープグランド、ドライポイント・紙 |
オノサト・トシノブ | 64C | 1964年 | リトグラフ・紙 |
オノサト・トシノブ | 65B | 1965年 | リトグラフ・紙 |
オノサト・トシノブ | Silk-10 | 1967年 | シルクスクリーン・紙 |
オノサト・トシノブ | Silk-49 | 1972年 | シルクスクリーン・紙 |
オノサト・トシノブ | Silk-62 | 1974年 | シルクスクリーン・紙 |
オノサト・トシノブ | Art Life | 1977年 | シルクスクリーン・紙 |
オノサト・トシノブ | Silk-105 | 1980年 | シルクスクリーン・紙 |
オノサト・トシノブ | A.S.-0 | 1981年 | シルクスクリーン・紙 |
黒崎 彰 | 「近江八景」より「比良の暮雪」 | 2011年 | 木版・紙 |
黒崎 彰 | 「近江八景」より「堅田の落雁」 | 2011年 | 木版・紙 |
黒崎 彰 | 「近江八景」より「唐崎の夜雨」 | 2011年 | 木版・紙 |
黒崎 彰 | 「近江八景」より「三井の晩鐘」 | 2011年 | 木版・紙 |
黒崎 彰 | 「近江八景」より「石山の秋月」 | 2011年 | 木版・紙 |
黒崎 彰 | 「近江八景」より「粟津の晴嵐」 | 2011年 | 木版・紙 |
黒崎 彰 | 「近江八景」より「瀬田の夕照」 | 2011年 | 木版・紙 |
黒崎 彰 | 「近江八景」より「矢橋の帰帆」 | 2011年 | 木版・紙 |
秋岡 美帆 | ゆれるかげ | 1989年 | NECOプリント・麻紙 |
木村 秀樹 | MOMA 2 | 1991年 | シルクスクリーン・アクリル・紙・学装 |
清水 美三子 | 緑陰風 | 1992年 | リトグラフ・紙 |
小林 清子 | 接点−Ⅶ | 1993年 | リトグラフ・紙 |
林 孝彦 | 92-風合瀬-5 | 1992年 | 三椏紙に銅版エッチング・色雁皮紙 他 |
芳野 太一 | 太古からの記憶-2 | 1993年 | 銅版(エッチング、アクアチント)、顔料・紙 |
筆塚 稔尚 | Multiple Resonance-3 | 1993年 | 木板(インタリオ、スクリ-ンプリント、3版別)・楮紙 |
木下 恵介 | 草地 | 1992年 | 銅版(エッチング、アクアチント)、リトグラフ、Rives BFK |
若月 公平 | 91-8-B | 1991年 | 銅板(エッチング、アクアチント、コラージュ)・紙 |
安藤 真司 | 夜香 | 1992年 | 銅板(エッチング、アクアチント、メゾチント)・紙 |
李 禹煥 | 黙 1 | 2006年 | リトグラフ・紙 |
李 禹煥 | 黙 2 | 2006年 | リトグラフ・紙 |
李 禹煥 | 黙 3 | 2006年 | リトグラフ・紙 |
李 禹煥 | 黙 4 | 2006年 | リトグラフ・紙 |