[表紙] [ひとつ前へ] [前の展覧会へ] [次の展覧会へ]


過去の企画展より(広報用資料)

『 山 元 春 挙 展』

SHUNKYO YAMAMOTO EXPOSITION

5月13日(土) − 7月9日(日)



チラシ 山元春挙(やまもとしゅんきょ、1871-1933)は、明治から昭和初期にかけて活躍した、滋賀県大津市出身の日本画家です。近代京都画壇の重鎮として、竹内栖鳳(たけうちせいほう)と並び称される存在であったばかりでなく、私塾「早苗会」を組織して後進の指導にも力を注ぐなど、文字どおり京都の近代日本画を表裏から支えた支えた偉大な存在でした。
 今回の展覧会は、近年春挙の縁者より当館に一括して寄贈された作品群と、国立美術館などの所蔵による大作を中心として、春挙芸術の精華を伝える作品群を展示し、彼の画業を振り返ろうとするものです。

 明治4年、現在の大津市膳所(ぜぜ)に生まれた山元春挙(1871-1933、本名:金右衛門)は、漢学などを学んだ後に、京都円山派の日本画家・野村文挙(のむらぶんきょ)に師事して(文挙の東京移転後は森寛斎(もりかんさい)に師事)絵画の道に入りました。10代後半から頭角を表し、京都博覧会や京都青年絵画共進会などで受賞を重ねた春挙は、やがて竹内栖鳳や菊池芳文(きくちほうぶん)らとともに、次代の京都画壇を担う日本画家のひとりとして注目されるようになりました。写生を重んじる京都の円山四条派の伝統を受け継ぎながら、西洋画の空間表現に注目し、また早くから写真にも興味を持ち、写実を基礎とした近代的感覚溢れる、雄大な風景画作品に独自の作風を確立しました。明治40年(1907)年の文展(文部省美術展覧会)開設とともにその審査員に任命され、同時に大作を次々と発表するようになりました。また春挙は京都絵画専門学校の教授となり、一方では画塾「同攻会」(後の「早苗会」)を主宰するなど、次代を担う後進の指導にも力を注ぎました。大正6(1917)年には帝室技芸員に、同8年には帝国美術院会員に任命され、名実ともに京都画壇の重鎮の一人として活躍しました。また昭和3(1928)年の、昭和天皇即位後の大甞 (おおなめ)祭に使用される主基(しゅき)地方風俗歌屏風の製作にも携わっています。

 春挙は花鳥画や人物画も描いていますが、とりわけ雄大な風景画作品に本領を発揮しました。それは円山四条派の写生の精神に、西洋画の写実の精神をミックスさせた、まさに近代の日本画と呼べるものになっています。自然の様々な姿を、ある時は水墨画の感覚で、ある時は明るい澄んだ色彩で描き、自然に対する憧れと畏れが入り交じった精神性の高い作品が生み出されているのです。

会 期 / 平成12(2000)年 5月13日(土) − 7月9日(日)

開館時間 / 午前9時30分〜午後5時(入場は午後4時30分まで)

休館日 / 毎週月曜日

主 催 / 滋賀県立近代美術館 / 京都新聞社

会 場 / 滋賀県立近代美術館 企画展示室

交 通 / JR琵琶湖線(東海道線)「瀬田駅」下車、バス「滋賀医大」方面行きにて「文化ゾーン前」バス停下車、徒歩5分

観覧料 / 一 般 800円(600円)
     高大生 600円(400円)
     小中生 400円(300円) ( )内は前売りおよび20名以上の団体料金

関連の催し /
  日曜美術鑑賞会(展示品解説)「山元春挙の画業」
   6月25日(日) 午後2時より
   講師:当館専門学芸員 高梨純次
   会場:当館講堂  入場無料


春夜白狐図 (図版1)
 「春夜白狐図」

 明治36年(1903年)頃

しぐれ来る瀞峡 (図版2)
 「しぐれ来る瀞峡」

 昭和6年(1931年)

山村密雪図 (図版3)
 「山村密雪図」
 昭和7年(1932年)

画像をクリックすると、拡大表示されます。



[表紙] [ひとつ前へ] [前の展覧会へ] [次の展覧会へ]