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「羽 衣」 1領
友禅着物
丈165.5 桁66.0(cm)
昭和59年(1984)制作
第31回日本伝統工芸展
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この作品の図柄は、昭和39年の「薫秋」、43年の「薫苑」などと同じモチーフで、大輪の菊一輪をいっぱいに描いたものです。大胆な意匠の陰には、作者の極めて入念な計画と、細心の技術がなかば当然のように駆使されていて驚かされます。淡臙脂(あわえんじ)、金茶、淡墨、胡粉(ごふん)のそれぞれの色を友禅の要領で彩色して、花蕊部を粗・密二種類の刺し方で、金糸を用いた刺繍を施して仕上げています。染めのみの仕事ではありますが、無数とも思える花弁一枚一枚を、下絵、糸目糊置き、糊伏せと、くり返しくり返し描く作業を想像すると、気の遠くなる思いがします。ずば抜けた意匠力と斬新さは、この時期の代表作として注目されるものです。
森口華弘について:
森口華弘は明治42年(1909)12月、滋賀県守山市岡町に森口周次郎の三男として生まれました。本名は平七郎。大正10年(1921)、薬剤師をめざして遠縁にあたる京都の薬局に住み込み、夜学で薬の勉強に励みました。大正13年(1924)、図案家の中村氏の勧めと、母の従兄、坂田徳三郎の紹介により、三代目友禅師・中川華邨(かそん)の門に入ります。その一方で、華邨の紹介により、四条派の画家・疋田芳沼(ひきた・ほうしょう)に就いて日本画を学びました。昭和14年(1939)1月に独立して工房をもつまで、華邨の工房で友禅という京都の伝統工芸の研究と修行に精励しました。この間に友禅の基礎と創造力の両面を充分に養い、成長させています。その後、博物館で目にした江戸時代から伝わる撒糊(まきのり)技法を、漆芸の蒔絵(まきえ)技法と組み合わせて自分なりに工夫することを思いつき、苦心の末、森口流の「蒔糊(まきのり)」の技術を創成しました。昭和30年(1955)、第2回日本伝統工芸展に蒔糊を施した友禅着物「おしどり」「早春」「松」を出品し、すべて入選します。このうち「早春」は朝日新聞社賞を受賞しました。昭和31年(1956)、第3回日本伝統工芸展で友禅着物「薫」が文化財保護委員会委員長賞を受賞し、日本工芸会正会員となりました。翌32年から同展鑑査員に就任。以後、毎回秀作を出品し続けています。昭和42年(1967)に、57歳の若さで国の重要無形文化財保持者に認定されました。