柳宗悦展─暮らしへの眼差し─

2013年10月12日2013年11月24日


Exhibition of Muneyoshi Yanagi – Eye to the daily life of the people

民芸運動の創始者にして、優れた思想家でもあった、柳宗悦(やなぎむねよし・通称やなぎそうえつ 1889-1961)が創設した、日本民藝館に収蔵される、興味深い収集品を中心に展示・公開する、大規模な「民芸」の展覧会です。併せて、その思想を継承しつつ展開させ、日本民藝館長もめ、工業デザイナーとしても活躍した、宗悦の子息、柳宗理(やなぎむねみち 通称やなぎそうり 1915-2011)の作品も、展示・公開します。宗悦が、「美術というよりも、むしろ工芸」とよんで高く評価した、滋賀にゆかりの大津絵なども、ご覧頂けます。

会  期 2013年 10月12日(土)-11月24日(日)
休 館 日 毎週月曜日。ただし10月14日(月)と11月4日(月)は開館し、10月15日(火)と11月5日(火)が休館
観 覧 料

一 般 950円(750円) 高大生 650円(500円) 小中生 450円(350円)
( )内は前売および20名以上の団体料金
ローソンチケットでお買い求めの前売券は、当館総合受付(チケットカウンター)にて観覧券とお引き換え下さい。
ローソンチケットLコード:53959

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主  催 滋賀県立近代美術館、NHK大津放送局、NHKプラネット近畿、日本民藝館、京都新聞社
後  援 滋賀県教育委員会
協  力 日本民藝協会
制作協力 NHKプロモーション
関連事業

講演会 ※事前申込不要
 日 時=10月20日(日) 13時30分より
 場 所=当館講堂
 講 師=白土慎太郎氏(公益財団法人 日本民藝館 学芸員)
 演 題=大津絵と柳宗悦
 聴講無料

座談会「用の美をめぐる座談会」 ※事前申込不要
 (滋賀県立近代美術館・成安造形大学 連携事業)
 日 時=11月16日(土) 13時-15時
 場 所=当館講堂
 パネリスト:中川周士氏(中川木工芸比良工房主宰)
       北川陽子氏(ファブリカ村 村長)
       井上昌一氏(株式会社井上 代表取締役)
 コーディネーター=石川泰史氏(成安造形大学空間デザイン領域准教授)
 司 会=石川亮氏(成安造形大学美術領域非常勤講師)
 聴講無料

日曜美術鑑賞会 ※事前申込不要
 日 時=11月10日(日) 13時30分から
 場 所=当館講堂
 講 師=高梨純次(当館学芸課長)
 演 題=柳宗悦展 展覧会の解説
 聴講無料

たいけんびじゅつかん「日用雑器をつくろうー八幡瓦の技法でものづくり体験」 ※事前申込制
 (滋賀県立近代美術館・成安造形大学・近江八幡市立かわらミュージアム 連携事業)
 日 時=10月19日(日) 10時から16時まで
 講 師=石川亮氏(成安造形大学美術領域非常勤講師)
 会 場=当館 ワークショッブルーム

たいけんびじゅつかん「大津絵キャラに大変身・かぶり物をつくって撮影会をしようー」 ※事前申込制
 日 時=11月9日(土) 10時から16時まで(途中休憩1時間)
 講 師=宇野君平氏(アーティスト・成安造形大学美術領域講師)
 会 場=当館 ワークショッブルーム

(「たいけんびじゅつかん」については、定員があり事前の申し込みが必要、また材料費等も必要ですから、当館の担当者までお問い合わせください。)

(図版1)
木喰仏 地蔵菩薩像 1軀  総高70.0㎝ 1801年(寛政13年) 日本民藝館蔵

1924年(大正13年)、朝鮮陶磁の調査で山梨県甲府近郊の池田村の素封家小宮山家を訪ねた柳宗悦は、偶然にもこの像と出会うことになる。像のもつ魅力に強く魅かれた柳は、以降、全国にこの種の像を探し求め、資料の探求に情熱を注ぎ込んだ。像の作者は、木喰五行明満(1718-1810)。江戸時代に甲斐国に生まれたこの修行僧は、北海道から九州まで、全国を行脚して、特にその土地の人々のために大量の造像を行った。現在、仏教美術史を志す者にとって、木喰仏は誰もが知っている有名な仏像だが、木喰の名を有名にしたのは、ひとえに柳宗悦の探究心と努力によっている。像は、小宮山家より、菰に包まれて柳のもとに送られてきたと記録している。

 

 

 

 

 

(図版2)
大津絵 阿弥陀三尊来迎図 1幅 44.5×22.7㎝ 17世紀 日本民藝館蔵

大津絵は、江戸時代に京都から江戸に向かう幹線道路、東海道の大津に入る山間の追分や大谷で売られていた、民画である。当初は、仏画を中心にしていたとみられるが、諧謔的な「鬼の念仏」や世俗画の「藤娘」「若衆」などに画題が展開してゆく。やがて、庶民道徳を説く、心学などの流行によって、道徳律を歌とともに描いてみせるような多様性をみせることになるが、一種の土産品ということでもあって人々に愛好された。大津絵は、合羽刷りという型紙を用いたり、版木押しとよばれる版を用いて概形を描き、機械的に手彩色する技法によることが圧倒的である。明治以降、その民画として扱われることはあったが、これを本格的に評価し、研究して独自の価値観を確立したのが柳宗悦である。柳は1929年(昭和4年)に『初期大津絵』を刊行し、大量生産される「用の美」としての絵画、それを「美術というよりも、むしろ工芸」と呼んで絶賛した。この時期から、柳は、積極的に「民芸」の概念を形成することになる。

 

 

 

 

 

 

(図版3)
雲青海波菊牡丹文様紅型衣装 1領 丈123.3㎝ 19世紀 日本民藝館蔵

柳宗悦が沖縄を訪れたのは、1938年(昭和13年)12月のこと。沖縄は、琉球と呼ばれ、地理的にも重要な位置を占め、東アジアや東南アジアの海上交易の中継点として重視され、独立した国家形成の歴史を持つ。しかし、反面、薩摩藩や明治以降は日本国の強力な支配が及び、1879年(明治12年)の沖縄県設置によって、琉球王国の歴史は幕を閉じる。その文化伝統は、長い王国の歴史の中で育まれた独自のものがあり、柳はその造形作品の豊かさを賞賛し、特に琉球方言の排除によるいわゆる標準語の強制的な普及政策に強く反対した。柳は、民族の文化伝統に根付く多様な造形文化に対する尊敬を終始一貫して主張し、朝鮮文化をはじめとして、琉球文化、北海道アイヌや台湾の文化を尊重する論を展開し、展覧会を開催したりしている。この衣装は、琉球の代表的な型染め「紅型(びんがた)」の色彩豊かな作例である。