カオス(渾沌)とコスモス(秩序)

2013年9月3日2013年12月15日

常設展示室2では、戦後日本とアメリカを中心とした美術作品を展示替えを行いながら紹介しています。今回は『渾沌と秩序』と題し、「渾沌≒暴力性≒偶然と無意識の発露」と「秩序≒純粋性≒人間性の否定」という、美術が内在する「相反する二つの方向性」を検証する展示を行ないます。

■ミクロコスモス(小宇宙)とマクロコスモス(大宇宙)

古代ギリシャの哲学者ピュタゴラスは、宇宙を秩序ある調和のとれたシステムと考え、これを「コスモス」と名付けました。ルネサンス時代のイタリアはこの宇宙観を継承しつつ、人間存在を大宇宙(マクロコスモス)に呼応する秩序ある小宇宙(ミクロコスモス)だと考えました。現在では、人間の深遠な内面世界とその表現をもって「内なる小宇宙」と呼ぶことがあります。
抽象絵画の父と呼ばれるカンディンスキーは、自己の内面を感覚を通して外界と共感するものとして捉え、色と形の組み合わせで小宇宙の表現を試みました。一方、路上で拾い集めた紙くずを無造作に貼り合わせたシュヴィタスの作品にも、偶然が作る渾沌の中に生物の細胞や精密機械めいた秩序だった構造が見え隠れしており、やはり小宇宙の表現と見なすことができます。古い木箱の中にオブジェを詰め込んで小宇宙を作るコーネルの作品には、大宇宙との交感を感じさせるテーマが頻繁に現れます。逆に、太陽の通り道を一年間通して一枚の写真に記録した野村仁(のむら・ひとし)の作品には、大宇宙の秩序と小宇宙(=人間)との関係についての哲学的な問いが隠されています。

■20世紀・先鋭化するカオス(渾沌)とコスモス(秩序)

戦後のアメリカ現代美術は、1940年代末のニューヨークに現れた「抽象表現主義」によって幕を上げました、人間のスケールを超えた圧倒的な大画面に、画家の内面世界(=ミクロコスモス)を抽象的に表現するこの流派の中には、ジャクソン・ポロックやサム・フランシスのように迸る内面の情熱を、偶然性を伴った絵具と筆の激しいアクションによって野性的・暴力的に表現する「アクション・ペインティング」派と、マーク・ロスコのように祈りにも似た崇高な感情を、広大で静謐な色面によって表現する「カラー・フィールド・ペインティング」派の二つの流れがありました。
両者の特徴を併せ持つマーク・トビーのような例もありましたが、前者(カオス)の系譜はやがて、足で絵を描く具体美術協会の白髪一雄(しらが・かずお)のように作者の肉体の動きを直接反映させた作品や、偶然性を介入させたり観客を作品に参加させるパフォーマンス・アート等、カオス(渾沌)面を強調する方向へと発展してゆきました。一方で後者(コスモス)の系譜は、作品の中から内面表現や手わざを徹底的に排除し、極度に秩序立った数学的で非人間的な表現を求める、フランク・ステラ、カール・アンドレ、ドナルド・ジャド等のミニマル・アート(最小限芸術)という一大ムーヴメントを生み出しました。
理性に抑圧された近代的束縛からの解放を目指す動きと、理性と科学を崇拝し純粋さに価値を置く動き。20世紀の文化が抱えた二種類の動向が、芸術の世界で先鋭化を目指した結果と言えましょう。

■カオスの中のコスモス、コスモスの中のカオス

現代の多くの作品の中には、渾沌と秩序という相反する二つの力がせめぎ合いを見せながら共存しています。例えば、人間存在を無意味とも思える運動を繰り返すが機械として捉えたジャン・ティンゲリーの作品には、秩序と渾沌の両要素が混在しています。偶然の要素を生かして音楽家ジョン・ケージが作った版画作品は、楽譜として使用すると時間の流れの中である種の秩序を生み出します。一方、同じ描き方、描き順を繰り返して複数の作品を作る中西夏之(なかにし・なつゆき)の作品には、よく見ると作品ごとに作者の身体状況の変化に伴う無意識的な変化が現れており、秩序の中の渾沌をかい間見せてくれます。

●出品作品リスト

作者名 タイトル 制作年 素材・技法

ミクロコスモス(小宇宙)とマクロコスモス(大宇宙)

ワシリー・カンディンスキー 小さな世界Ⅲ 1922年 リトグラフ・紙
クルト・シュヴィタス gc 1924年 コラージュ
ジョゼフ・コーネル 陽の出と陽の入りの時刻、昼と夜の長さを測る目盛り尺(アナレマ) 1948-50年 箱状のミクストメディア
野村 仁 午前のアナレマ 1990年 写真
野村 仁 正午のアナレマ 1990年 写真
野村 仁 午後のアナレマ 1990年 写真

20世紀・先鋭化するカオス(渾沌)とコスモス(秩序)

マーク・トビー Changing of the Square 1965年 テンペラ、板
マーク・ロスコ ナンバ-28 1962年 油彩・画布
サム・フランシス サーキュラー・ブルー 1953年 油彩・画布
フランク・ステラ バルパライソ・フレッシュ 1964年 メタリックペイント・画布
ケネス・ノーランド カドミウム・レイディアンス 1963年 油彩・画布
桑山 忠明 無題 1965年 アクリル・画布
白髪 一雄 大金剛神 1963年 油彩・画布
カール・アンドレ Zinc-Zinc Plain 1969年 亜鉛板(36枚組)
ドナルド・ジャド 無題 1977年 アルミニウム、鉄

カオスの中のコスモス、コスモスの中のカオス

ジャン・ティンデリー メタカオス・セピア 1973年 エッチング・紙
ジョン・ケ-ジ Dereau no.37 1982年 エッチング
山本 富章 無題 1985年 ミクストメディア・パネル
北山 善夫 私(あなた)は私なの…。 1989年 竹、和紙、針金
若林 奮 ゆりの樹による集中的な作業・ゆりの樹の一枝 1983-84年 木、紙、銅(2点組)
マグダレーナ・アバカノヴィッチ 群衆IV 1989-90年 黄麻布、樹皮(30体組)
中西 夏之 アーク・エリプス-A 1981年 油彩・画布
中西 夏之 アーク・エリプス-E 1981年 油彩・画布